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2016.06.27 Monday

脳の神秘と展覧会準備

前回の日記から早3ヶ月。

ワンフェス落選の知らせを受けてから「んじゃ新作をじっくり時間かけて作ろうかね〜」と思った矢先に、父のボケがかなり激しくなってきたと思ったらついに家を出て徘徊するようになってしまいました。

それまでは決まって夜中2時とか3時になると家中をウロウロして玄関のドアを開けて外を覗くことまではしてましたが、家を出ることはなかったので安心してたのですが、ついに靴履いて出て行ったのです。

 

ある小雨の降る日の早朝5時頃、爆睡してたぼくは玄関のドアを叩く音で目を覚まし「???なんだなんだ???」みたいな感じでドアを開けようとすると鍵が開いてる…「あれ?なんで?」と思いつつドアを開けたらそこにはお巡りさんの姿が。

「こちら〇〇ケンジさんのお宅ですか?」と父の名を言うので「はい」と答えるも、何が何やらさっぱり意味不明。まるで夢のような意味不明感。

続けてお巡りさんは「ケンジさんはご在宅ですか?」と聞くので「え??いるはずですが…」と寝床を見に行くといない!トイレにもいない!

「あれ!いない!」と言いながらお巡りさんに話を聞くと「先程道端で倒れてまして、近所の八百屋さんが保護して通報してくれたので…」とのこと。寝耳に水とは正にこの事。

寝ぼけ眼から少し目覚めた状態で慌ててお巡りさんについていくと、家の下までもう一人のお巡りさんが父を連れて来てくれましたが、父は小雨に濡れた寝巻き姿のまま、もう立ってられないような感じでその場に座り込んでしまう有様。

顔はやはりボケ全開時特有の表情(認知症介護経験のある人ならご存知かと思います)で疲れきった様子。

階段のところまではなんとかお巡りさんに抱えられながらたどり着きましたが、4階までは登れそうもなかったのでお巡りさんがおんぶして連れてってくれました(70kg近くあったのに!ありがとうございます)。

その後はお巡りさんの調書を取ってから父を着替えさせてから寝かしつけ、ぼくももうひと寝入り。

 

それからは姉やケアマネージャーさんに連絡したり、助けてくれた八百屋さんに手土産持ってお礼に行ったり、ぼくが外出する時用の外鍵を買いに行ったりして数日が過ぎた頃、父のろれつが回らなくなって立てなくなる症状が頻繁に発生(布団はオムツの限界を超えたお漏らしでずぶ濡れ)しまして、最初の内は数十分〜数時間するとケロッと治っていつも通りになってたのですが、ついに半日過ぎても立てなかったので、とうとう救急車のお世話に。

んで病院でいろいろ検査した結果、軽い脳梗塞を起こしていたようです。

発症部位はごく小さいのですが、アルツハイマーで萎縮した脳で、運動機能を代替していたと思われる箇所で発症したために、今回のような事になったのではないかとのこと。

過去にも急に立てなくなることが度々ありまして、病院で検査しても原因不明だったのが、今回初めてMRIで検査したのでわかったそうで。CTじゃ脳梗塞の痕跡はわからないんだそうです。

とりあえず2〜3週間入院することになったわけですが、検査を終わって病室にいる父と話してみるとかなり回復しており、それほど心配するようなことにはならなそう。

それよりも、不謹慎と言われるかもしれませんが、ぼくは2〜3週間自由の身になれるということが正直うれしかったわけで、父に合わせて寝起きしたり食事用意したり投薬&注射&下の世話しなくていいんだ!という思いと、2〜3週間あったら泊まりがけでバイクの遠出できる!という思いが頭の中を占領していました。

なんせ母が病に倒れて亡くなってからかれこれ約7年、ず〜っと泊まりがけで遊ぶことはおろか、日常生活の半分が介護で費やされていたわけで、これは正に千載一遇のチャンス!

 

…ところが翌日から、ぼくの体調に異変が発生。

20〜30代の頃によくなってた咳が多発する症状が久しぶりに復活(怒)。

この症状は夏前に誤嚥したりするとそれをきっかけにしたかのように夏の間中、咳が頻繁に出るようになってしまうのですが、今回も食事中に誤嚥したことをきっかけになったようです。

今までならそんな咳ごとき市販の咳止めで抑えこんで平気だったのですが、今回はなんか違う。

過去に多用してたブロンとかの化学系咳止めだと効き目はいいんですが、あまり身体に良くなさそうだし、頭がボヤ〜となってしまうので、今回は漢方系の薬をいろいろ試してみたもののあまり効かず。

しかも夜中になると異常に咳が出て、併発してる鼻炎も相まって呼吸困難になる一歩手前みたいな状況になってしまいました。

なんとか呼吸を落ち着かせようと深呼吸したりしても、身体に酸素が供給されない恐怖が襲ってくる有様。

「もしかしてCOPD!?」とか「肺胞がやられたらもう為す術無しじゃん!」「誰か早く人工肺作って〜」みたいな不安と恐怖に苛まれたあげく、今まで自分から病院に行ったことは無かったぼくが、翌日病院に駆け込みました(それくらい辛かった)。

診断の結果…なんだったっけか、名前忘れましたが要するに気管に細菌が感染して炎症を起こしてどうたらこうたら…というやつだったらしいです(いいかげん〜)。

それからは薬を飲んでおとなしく毎日を過ごすだけで、遊びに行く気になんてなれず。

抗生物質のおかげか以前よりマシにはなったものの、お医者さんにもらった薬を飲みきってもまだ咳は収まらなかったのでもう一度病院に行くと、どうやら細菌は死滅したものの、炎症が治ってないとのことで、これは咳をしないことが最善策(虫刺されをかゆいからと掻きむしると良くないのと同じ)だそうで、咳止め等の薬をもらって帰宅。

さらに、父の回復が思いの外早かったようで、わずか1週間ほどで退院することになり、ぼくの自由への希望は儚くも散りました…。

 

それからの父は徘徊を2回起こしましたが、心配された脳梗塞の後遺症は全く無く、薬を変えたためかその2回の徘徊以降は以前より調子良くなりました。

ぼくのシロウト推測だと、血栓を防止する薬を今までの心臓周辺(不整脈関連?)に効くものから、脳内に効くもの(この辺ちょっとあやふやな記憶)に変えたのが功を奏したんではないかと。

ちなみに通算3回目の徘徊はちょっと面白かったです。

ちょうどぼくは徹夜で起きていて寝ようとしてた時(朝5時頃)に、父が家中ウロウロしたあげくに玄関のチェーンロックを外そうとしてる音が聞こえました。

果たしてボケた頭でチェーンロックを外せるのか、テストを兼ねて様子を見ていると10分くらいで開けて外に出ることに成功。

やはりこれくらいの鍵では開けられるようですが、時間稼ぎにはなりそう。

もちろんぼくはすぐ出て行って父を捕まえて家に帰そうとするのですが、こういう強度のボケを発現している時は最強の頑固さも発揮してるので、何を言ってもどう説得しても、意地でも家に帰ろうとはせず「ホントの家に帰る」と言ってぼくの手をかなり強引に振りほどいて行こうとします。

そこでぼくは「天気もいいし、まだそんなに眠くないし、この徘徊に付き合ってみよう」と思いつきまして、鍵を持って父の後を付いて行きました。

階段を降りきって(普段は階段降りるだけで疲労困憊なのに、こういう時はなぜか元気)「ここからどう行くの?」と聞くと「こっちでしょ」とウチの車が置いてある駐車場へ向かう道を歩き出したので「このまま車に乗せてどっかドライブでもするか」と思いつき、すんなり助手席に座った父を乗せて走り出しました。

父は先程とは違って気分良さそうに座っているので「このまま鎌倉の姉の家にでも行ってみるかな」とぼくは考えて、一旦家に戻って父の薬や注射、替えのオムツを持って車に戻ると父はおとなしく待っていました。

それからしばらく、どっちに行くか父に聞きながら走ってましたが、父の記憶に無い景色(父がボケて以降に町並みが変わった所)が出てくると「もうわからん」となってしまいました。

「ホントの家」まで道覚えてたら面白かったんだけどな〜。でも自分の生家とか若いころの家とかだと鳥取とか九州とかになっちゃうんだけど(笑)。

もしくは、普段週一で通ってるデイサービスの家か、2ヶ月に1回行ってる病院のどちらかが「ホントの家」なのかな?と思いましたが、デイサービスの家の前で「ここ見覚えない?」と聞いても覚えてなかったのでそうでもなさそう。

やっぱり若いころの家のこと言ってるのかなぁ。

 

結局、だんだんぼくも眠くなってきたので姉の家に行くのはやめて大回りして家に戻ると、父はすんなり家に戻りました。

どうやら車に乗っている間に強力ボケ(徘徊)タイムが終了したようです。

ちなみに道中「この団地知ってる?」と我が家の団地とは別の団地を指すと「〇〇団地でしょう」と見事に正解。

普段全然行ったこともない団地の名前をなぜ覚えてる?まぁ、ボケる前に交流があった友人が住んでたからかな?つってもそんなに頻繁に会ってなかったはずだしなぁ。

んで自分の住んでる団地を覚えてるか聞くと「さぁ〜なんだったか…」だって。

しかしこの強力ボケを発現してる時は、普段より幾分ハッキリした口調になって、意欲や行動目的もしっかりしてるってのが興味深い。一部マトモになってるとも取れるわけで。

今回の徘徊で、なんとなくいつもよりマトモな父と話せたような気がして、少し懐かしいような切ないような気持ちになりました。

もっと医学が進歩して脳細胞や神経を増やしたり復元する薬とかできたら認知症も治るんじゃなかろうか。

 

んでぼくの咳もけっこう長引きましたが、お医者さんからもらった薬を真面目に飲み続け、その薬が無くなる頃には完治。

しっかし咳の野郎、意志を持って邪魔しに来たようなタイミングだったな…腹立たしいわ〜。

 

とまぁ前置きが長くなりましたが、以上のようなわけでここ3ヶ月はおとなし〜く過ごしてました。

んで、以前の記事でお知らせした「再発見! ニッポンの立体」展の納品日がそろそろ迫ってきたので、ここ数日はその準備をしてました。

過去にあった長期間&複数館で開催された展覧会である「美少女の美術史」では、展示物を担当さんに手渡しして、設営は各美術館の担当さんにおまかせしていたのですが、等身大ヘッドのRSH ver.1.1のウィッグのセッティングが難しかったようなので(RSHシリーズは普段パーツも台座もウィッグもバラバラで収納している)今回は箱から出したら即展示できるような収納BOXを作ることにしました。

さらに今回はRSH ver.1.1に加えてRSH-A3も同時に展示するので、A3用のウィッグもちゃんと用意しとかないといけません。

というのは、以前のWFで全くカット&スタイリングしてない買ったままのウィッグをかぶせてたのが、今見るとかなりやっつけ感満点だったので、今回はそのウィッグにも手を加えようというわけです。

 

まず最初の状態↓

これはこれで妖しい魅力が発揮されてますが、ウィッグを見せたいわけではないのでもっと顔の造形が見えるようにします。

 

あと、引きの視点で見ると垂れ下がる後ろ髪が下から見えていたので、まずはこれをカット↓

あら、ボディのラインに釣られて斜めカットになってしまいました。

 

サイドの髪も一緒に切ったので、サイド髪を前に持ってくるとやはりアンバランスだったので修正↓

赤矢印部分が長い部分。右の写真が修正カット後。

ぱっつんカットした後は斜めチョンチョンカット(正式にはなんて言うのか知らない)で毛先を自然な感じに梳いてます。

 

次は収納時に付いた変なクセの修正と毛先のカール付け↓

赤矢印が変なクセ。青矢印部分には内向きのカールを付けます。

サイドだけでなく、後髪も毛先がストレートなのでカール付け(右写真)

ちなみにこの工程はヘアアイロンを使用します。

 

サイドと後髪完了↓

さぁあとは前髪をどうするか。

このままでも悪くはないんですが、箱から出して髪型が乱れていた場合、この微妙な前髪のセッティングを美術館の人が毎回できるか(3館で開催されるので、その都度別の人が設営するはず)という問題があり面倒な気もする。

この分け方、やり過ぎると分け目のズラ感が強調されちゃうし、やらなすぎると顔が隠れちゃうし、細かい毛束のコントロールとかもあるので実はけっこう繊細。人間の髪の毛(人毛ウィッグというかちゃんと頭皮に生えてる髪)ならもっとハリがあって適当に手ぐしでサラッとやってもカッコつきそうな気がしますが、どうなんだろ。

当方、サラサラストレートヘアーがふさふさしてたのは小学生の頃だったので、もうその感覚をほとんど覚えておらず(中学頃から軽く天パがかかってスタリングしにくくなった)。

 

まぁ失敗したらまたウィッグ買えばいっか、と思い切りカットオフ↓

さぁここからどうなる。

 

未練がましく前髪のサイドだけ残してたりして↓

なんか子供っぽくない気もするし、輪郭の造形を隠しちゃうのもどうかと思うのでこれはやめとこう。

 

結局ver1.1と似たような、というかほとんど同じオーソドックスな髪型になりました↓

まぁウィッグの展示してるわけじゃないし、これでいっか。

最後にウィッグを両面テープで固定(運搬&設営時にズレないように)してフィニッシュ。

 

んで収納BOXの製作↓

完成写真撮るの忘れた〜。

この後、ダンボールの縁をクリアテープで保護&補強してマジックテープで開閉するフタを作って完成。

これで箱から出してすぐ展示できるようになりました(ちなみに美術館用の台座はこれより5cm短い棒なんですが、間違ってWF用台座に合わせて作ってしまったので、箱がちょっと長い。まぁWFでも使えばいいのか)。

 

あとはこれと同じ箱をRSH ver.1.1用にもう一個作って、ver.1.1のウィッグも整えて納品準備完了となります。

納品したら来年の4月まで帰ってこない。長旅いいな〜。みんな立派にお勤め果たしてくるんだぞ〜。

てなわけで、来年の4月までの間に開催される予定の人・形展やWFのために、新たに展示物を作らねば。

その勢いで新作も作れれば最高。

コメント
2015冬に御隣になりましたブリッジの部屋のブリッジです。文面から察するに大変な状況かと思います…自分の親も…そんな心配をするような時期だっただけに大…配に思います。体調など気を付けて末永く桜文鳥様の新作を楽しみにしております。(英語の対応でアレでアレな状況だった者です)
  • ブリッジ
  • 2016.07.03 Sunday 23:41
>ブリッジ様
どーもお久しぶりです〜。その節は翻訳で大変お世話になりました。やっぱスマホって便利ですね…と言いつつず〜っとガラケーなぼく(笑)。
今日は東京も沖縄とさほど変わらない暑さで初エアコンとなりました。

最近は息子介護なんてそれほど珍しくないようで、父の定期検診で月イチで通ってる病院には、ぼくと同世代かちょい上くらいの人が親を車いすで連れて来てるのをたまに見かけますが、やっぱり足腰と脳は重要だな〜と痛感します。

新作、そろそろ始めようかな〜と思ったら、ありがたいことにここ1ヶ月ほどでちょいちょいお仕事が入ってきたので、まずそれらを終わらせてからかな?といった感じです。
ブリッジさんも暑さにやられないようお気をつけください。
  • 文鳥
  • 2016.07.04 Monday 01:00
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