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2017.04.08 Saturday

旅立ちの日

昨年9月から入院生活となっていた父が本日早朝、息を引き取りました。
享年87。

 

昭和4年に鳥取県で産声を上げた後、物心つく前に遠縁の親戚の家の養子となり、立派なお父さんとお母さん(ぼくから見て祖父母)そして幼い妹や弟と共に当時は日本領だった朝鮮半島の釜山で太平洋戦争の真っ只中をくぐり抜け、様々な困難を乗り越えて日本へ引き揚げてきた後、間もなくお父さん(祖父)が亡くなってしまい、18歳の若さで一家の大黒柱とならざるを得なかった父は、戦後の闇市で米軍から払い下げたお菓子を売ったり、米軍のジープの整備なんかの仕事をしてうちに、化粧品会社の社長さんに拾われてその後の人生の大半をその会社に捧げることになります(この社長夫妻からは息子のように可愛がられたらしい)。
その後母と出会い、結婚、出産、マイホーム(今ぼくが住んでるレトロ団地)購入、と、当時の日本の高度経済成長をモロに支えてきた世代の典型のような人生を謳歌してきた人でありました。

 

息子であるぼくとは違い、父は毎日の晩酌を欠かさない酒飲みであると同時に、非常に真面目な仕事人間でもありましたが、絵や毛筆が上手かったり、機械工作や日曜大工が得意だったり、家族である妻や娘や息子に対しても家族サービスなんかもよくこなし、いつも寛大な心で接してくれて、特に遊び人間(笑)であった母と、その血統を受け継いだぼくにも、好き勝手させてくれた優しい父でもありました。
しかし定年後は仕事尽くめの反動なのか、心の底から休息を求めたのか、陸に上がって日光浴をするオットセイのようになってしまい(笑)心配した母がちょいちょいドライブや散歩に連れ出してはいたものの、次第に認知症や糖尿病の影響で衰えてゆき、母が2009年に癌で他界してからは毎日のように母の行方をぼくに聞いてくるほどにボケてしまいました。
そんな母亡き後の父の介護はぼくが看ていたわけですが、最初の頃は母を亡くした悲しみと介護の疲れで心に余裕が無くなって怒鳴るように父を叱りつけたこともありました。
でも月日が経って母を亡くした悲しみも癒え、ボケた父とのやり取りの経験値が増えるにつれ、そうした腹立たしさや怒りは発生しなくなり(過去に怒鳴りつけたことを後悔したほど)介護生活後半は、なんだかとても穏やかで平和でコミカルな毎日だったようにも思えます。
その後、脳梗塞をきっかけに始まった入院生活で急速に衰えていった父は、しゃべることができなくなる少し前に、毎日見舞いに行ってたぼくが帰ろうとした時に、弱った肺活量を振り絞るように「お、お疲れ様」と精一杯大きな声をかけてくれたことが今でも強く印象に残っています。
そして声が出せなくなってから、今年の家の年賀状用として病院のベッドで寝たまま書いてもらった「あけまして おめでとう おおた けんじ」というガクガクに震えた線ではあるものの、まだまだハッキリとした意志を感じる文字。これはもう大切な形見です。
最後はもう本当に文字通り骨と皮だけのような体になって、ただただ点滴を受けて寝ているだけとなり、亡くなる2日前にぼくや姉が見舞いに来た時は、妙に今までよりも調子良さそうなケロッとした顔でぼくと姉の顔を交互に見比べるような感じで何度も見ていましたが、もしかしたら今生の別れを告げようとしていたのかもしれません。


そして今日の午前6時ちょっと前くらいに家の電話が鳴り「呼吸と心拍がかなり落ちてきているので、ご家族の方に来ていただきたいのですが…」という病院からの連絡があり、急いで車で病院へ向かいましたが、残念ながら旅立ちの瞬間を看取ることはできませんでした。
やっと病院に到着して父に会うと、よくエジプトのミイラとか氷の中から発見された古代人とかに見られる、小じんまりとしたポーズをとってはいたものの、人生を全て生ききったことが伺える、見事な往生の姿をしておりました。
母はちゃんと迎えに来てくれたかなぁ。

 

今にして思い返すと改めて本当に立派な父だったと思います。
最後の最後はちょっと辛かっただろうけど、ホントによくがんばりました。
今まで長い間、本当に本当にお世話になりました。
さようなら、ありがとう。

 

…といったわけで、またまたちょっとヘヴィーな記事となりましたが、ぼくにとっては非常に重要な出来事だったので記事にしました。
これからちょっとばかし事務的なことでバタバタした後は、100%ぼくの人生に全力を注ぐ所存でございます。

2017.02.01 Wednesday

ゼロ泊900km

先日の土曜日に、三重県立美術館で行われる「再発見!ニッポンの立体」展の開会式&レセプションに出席すべく、旅がてらに車で行くことにしました。

 

開会式の受付時間は28日14:30から。

グーグルマップで調べると高速道路を使わずに行く(節約)と約10時間前後かかるようなので、写真撮影や寄り道も考慮して出発は28日の午前3時過ぎに決定。

幸いここ最近は夜型生活から脱しているので27日の23時頃に就寝できました。

そしてちゃんと午前3時に起きて前もって準備してた荷物持って出発!

当初はのんびり寄り道しながら行こうかと思ってましたが、やはりタイムリミットがあるというプレッシャーで、静岡まで1枚も写真撮らずに来てしまいました↓

ここは国道1号線。06:44。うっすらと夜が明けてきました。

写真を撮ったと言ってもGM1&14mmパンケーキレンズによる簡易的な片手スナップ。

 

上記写真の数分後、東名清水I.C近くの国道1号にて↓

ピカピカ鏡面タンクローリーの後ろに付くとやはり撮ってしまいます。

 

なんとな〜く時間がヤバそうな気がしてきたので、一般道は諦めて静岡県藤枝市のあたりから新東名高速道路に入りました↓

ここは静岡県掛川市近辺。08:04。

「茶」と書かれた山は粟ヶ岳という山で、位置的には新東名の南側にあるので、下り線からは左側に見えそうな気もしますが、この撮影位置は大きく右カーブを描いている最初の所なので山が右に見えます。粟ヶ岳まで直線距離にして4〜5kmあるんじゃないかと思います。

 

静岡県浜松市の三岳山にある風車群↓

さりげな〜く下の電光掲示板に「熊出没注意」と書いてありますが、高速道路上に出るんでしょうか。08:31。

 

岡崎だったか、降りるI.Cをチェックするためパーキングエリアに入ったらネコバス的な弁当屋さんが…↓

ツヤ消し塗装にした方がより良くなるように思います。09:31。

 

結局降りるI.Cもよく確認しないまま出発して走っていると、ナビの目的地方向が完全に左後(8時の方向)の方に向いていたので「やべ、行き過ぎた!」と思い込んですぐ高速を降りてみるとそこは愛知県東海市で、まだ伊勢湾の東側。目的地は伊勢湾の西側にある三重県津市なのでまだまだ降りるのが早すぎました…。

津市は伊勢湾の西側沿いの下の方にあるので、対岸の名古屋近辺の道が少し北へ向かう角度になっていると行き過ぎたように見えてしまうというカラクリ(っていうほどのもんじゃないけど)でした。

高速降りたついでというか、ちょうどいい頃合いだったので愛知県弥富市で初回給油。

燃費は12.9km/l。家の近所で買い物してる時よりはいい感じ(普段は10〜11km/lくらい)。

 

工業地帯の街中の渋滞を耐え忍び、三重県に入りました↓

ここは桑名市の国道23号。

工業色の強い建物もさることながら、遠方に見える山脈にも地方情緒を感じます。この山脈は釈迦ヶ岳あたりになるのでしょうか?

渋滞もあってこの時点で11:09。

 

さらに進んで四日市市↓

けっこうな近距離で巨大な煙突と排煙を見るとなかなかの畏怖の念を感じざるを得ません。

他にも工場萌えの方々にはかなり魅力的なところがたくさんある地帯でした。

時間にゆとりがあればじっくりとプラント写真でも撮ったのになぁ。11:24。

 

さらに近くに見える山脈↓

ここも四日市市。国道23号の渋滞を回避しようとして、さらに内陸の国道1号を走ってます。11:49。

 

さらに裏道っぽいルートを進むと関西らしい看板?が出現↓

ぱっと見パチンコ屋っぽい印象でしたが、下の看板を見ると「cafe & bar」と書いてありました。12:14。

 

これまた地方あるあるの立体飛び出し坊や。いや飛び出してないし、お嬢ちゃんだった↓

似たようなもので古い制服(60年代)のお巡りさんというのもありましたが、なぜどれもエッジの無い造形なんでしょうか。

時刻は12:20。あと2時間くらいで到着しないと間に合わないんですが、大丈夫でしょうか。

場所は恐らく鈴鹿市のあたりだと思います。

 

間に合いました…というか少々早すぎたようで、12:57↓

静岡県立美術館は閑静な住宅街の中にありましたが、三重県立美術館は駅からほど近いところにあります。

 

さて、時間がかなり余ってしまったので館内を見て回ることにしましょう↓

これはエントランス正面に大きく貼られたニッポンの立体展のポスター。

他に別の展示会として「みえ夢学園 生徒作品展」なるものが開催されておりまして、ふらっと入ってみたら妙に可愛らしい絵や立体作品がけっこうありました。

中でも小学生が描いたような絵が最高でした。写真に撮りたいくらい。こういう絵は描きたくてもなかなか描けないもんです。

2階には彫刻家の柳原義達さんが寄贈された作品群が常設展示されている「柳原義達記念館」がありまして、鳩とかカラスの彫像がたくさんありました。カラスは完全にぼくの好きなハシブトガラス的な形をしていて癒やされました。

 

展示を見て回ってエントランスに帰ってくると、ご当地キャラの「いせわんこ」が現れました↓

何度か現れては引っ込むのを繰り返してました(笑)。

 

屋外展示物↓

今回の記事は静岡の時のように大きな写真を別ブログに掲載するのは見るのが面倒なのでやめます(笑)。

代わりに大きな写真に直リンクをすることにしました。コチラをクリックすると大きな写真(1920x1280)が出ます。

この作品名は「NOKOSARETA・KATATI」だそうです。

 

「象と人(異邦の夢)」↓

大きな写真はコチラ

大きな造形物を見ると毎度思うんですが、こういうものを作る場所があるというのがそもそも羨ましい。

ちなみに上記2点とも、カメラはX-T1、レンズはXF16mm。

 

屋外はかなり寒かったので散歩もそこそこに館内へ。

ホントはお腹が空いてたので近所で飯でも食おうかと思ったのですが、徒歩では最低10分くらい歩かないとコンビニ的なものはないそうで、すぐ近くにあったお蕎麦屋さんは14時〜17時まで一旦閉店…あー!ちょうど閉まった後だった!

歩いて10分ということは往復20分だから開会式始まっちゃうし、しょうがないので腹を空かせたまま会場へ↓

ここにも「いせわんこ」が鎮座しておりました。

ちなみにぼくが座ったのは右にある席。

お隣には今展にも出品されてる彫刻家の中谷ミチコさんもご列席。

館長さんも学芸員さんもご来場の方々も、皆様この度はありがとうございました。とこの場を借りてお礼。

 

開会式も滞りなく終わり、お次はレセプションとかいう聞きなれない式があるそうで、促されるまま館内のレストランへ。

このレストラン、先程飯食いに訪れたら「レセプションがあるのでもう終わってるんです、すいません」とのことで「レセプションってレストランが関係してんの?」と意味がわかりませんでしたが、なるほどこういうのを食べられるのがレセプションというものなのでしょうか(ちなみにこの後まだまだデザート類が追加された)↓

なんとタイミングのいい食事。欲を言えば塩っ気も欲しかったな…なんていうのは贅沢というものでしょう。

ぼくは遠慮なく全種類皿の上に載せました。

しかし来場者よりも席が少なかったようで、ぼくは慌ただしくケーキ類を口の中に放り込んで席を他の人に譲ってその場を後にしました。

館長さんや前述の中谷さんとも何度かチラホラと言葉を交わしましたが、ぼくは日がある内に地方情緒ある風景を撮影したくて「これから山の方回って帰ろうかと」なんてどうでもいい話を一方的にしてすぐ立ち去ってしまい、後になって恐縮。失礼いたしました。

 

というわけで、今回の大義名分である開会式は無事全行程終了したので、完全に自由な旅モードに切り替え↓

大きな写真はコチラ。カメラはX-T1、レンズはニッコール35mm/f1.4。

帰り道はなるべく街中やメジャーな道路を使わずに行こうと、ナビの目的地(家)の方角だけを参考に適当に進行。

この線路はグーグルマップによると紀勢本線とのこと。

時刻は15:52、もう夕方ですが先程のレセプションでごちそうになったおかげで、お腹は満たされて心地良し(笑)。

 

いい感じに寂れた鉄道の風景↓

大きな写真はコチラ。カメラもレンズも上記と同じ。

架線がないのでディーゼルでしょうか。グーグルマップを見ると紀勢本線と伊勢鉄道の線路だそうです。

 

そこから程ない距離の場所にあった同じ線路↓

大きな写真はコチラ。カメラもレンズも上記と同じ。

いい場所〜。安全性は低いけど、線路に柵がないってのがグッときます。

ウチの近所の路線ではほとんど柵があったりするので、こういう路線を見ると「遠くへきたな〜」という実感が得られます。

 

そこからランダムな網の目のような住宅街の細い道をウロウロして到着した川岸↓

大きな写真はコチラ。カメラはX-T1、レンズはXF16mm。

橋のようなものはガス管のようです。このガス管もそうですが、川を渡る電線や、遠くの川面に見える残された橋脚とか、この中途半端な形に舗装された駐車スペース?とか、ほのかに香る地方っぽさを感じます。

 

引き続き住宅街の道を走っていると、急に現れた飛び出し坊や…じゃなくてドラえもん↓

あまりに咄嗟だったのでこんな写真しか撮れませんでした(狭い上に他の車が来てたので止まれず)。

無版権ドラえもん看板はウチの近所でもたまに見かけたことがあります。それにしてもこのドラちゃん、目がイッてます。

ちゃんと背景ぼかしてキレイに撮りたかったな〜。ちなみに車内から撮影したスナップは全てGM1。

 

そこからしばらく走ると田園地帯とおぼしき広大な風景に遭遇↓

これまたいい場所っすね〜。大きな写真はコチラ。カメラはX-T1、レンズはXF16mm。

 

似たような感じですが少し進んで別の場所↓

大きな写真はコチラ。カメラもレンズも上記と同じ。

この場所からカメラを右にパンするとこんな感じ↓

大きな写真はコチラ。カメラもレンズも上記と同じ。

向こうに伸びる道にものすごく誘われますが、家の方角とは真逆なので断念。

 

さらに進み、長〜いあぜ道に入りました↓

大きな写真はコチラ。カメラもレンズも上記と同じ。

ガードレールも無く、車1台分の幅しかない道がたまらない。

静岡の時の帰りはすでに真っ暗で雨降ってたからこんなに撮影できませんでしたが、今回はいい天気!

 

適当走行を続けていると、いきなりドメジャースポットな鈴鹿サーキットに到着↓

とはいえ別に立ち寄る理由はないのでスルー。

でもそろそろ給油しとかないと、地方は夕暮れ以降急にGSが閉まることが多々あるので、まだ100kmも走ってないけど給油(単価も安かったし)。

燃費は11.7km/l。まぁ街乗りレベルですな。

 

引き続き適当走行していると…あれ?なんか見たことあるものが…↓

行きの道で見た招き猫看板でした…ってことは行きと同じ道やん!ちょっと失敗(ちなみにこの招き猫、前後共に表になってるので背中は見えない)。

ぼくの価値観としては、旅は行き帰りに同じ道を走りたくないんすよね〜。

というか早くひと気の無い山道に行きたいのに、家の方角を逸脱しないようにしていると、なかなか街から出られないのがもどかしい。伊勢湾周辺を抜けるまでは諦めるしかないか。

 

立派な山が見えるのに、向こうは西。帰路に組み込むには遠すぎる…↓

父の介護が無くなったので時間的な自由度は確かにアップしたんですが、ウチにはポンジュウローという名の老桜文鳥(12歳。文鳥の平均寿命は7年なので超高齢のはずなんですが、まだまだ超元気)がおりまして、これのエサとか飲み水が気になっちゃって、あまり日数かける気がしなかったということもあり、この日はどこかで宿泊するという考えはありませんでした。

 

車の多いメジャー道から少しでも遠ざかろうと、またしても住宅街に入っていくと小さな駅に遭遇↓

四日市あすなろう鉄道内部線の泊駅なり。

ちなみに妙に望遠気味になっているのは、手ブレ補正機構のある45-150mmレンズを付けていたため。

走行スナップはこのレンズがなかなか調子いいです。この記事の走行スナップは最初の写真と後半の夜間以外は全部このレンズによるもの。

しかしこういった近い風景全景を写す場合は14mmの方がよかったかな。

 

これはどこだったかいまいち思い出せないんですが、日が暮れた時のもの↓

時刻は17:52。恐らくまだ伊勢湾の西側から抜けてない所だと思います。

 

これは恐らく揖斐川沿いの道と思われます↓

大きな写真はコチラ。カメラはX-T1、レンズはXF16mm。

この時ちょうどいいタイミングで対向車が通り過ぎていったのでいい具合の照明ができました。

ウチの近所にも川沿いを走る道はありますが、このような土手の上をガードレールも無い車道が走っているというのはなかなか見たことがないように思います。

運転席からはこんな感じに見えます↓

サイクリングロード走ってるみたいで面白い。孤独にノンビリ走れれば気分良さそうですが意外と交通量が多く、みんなけっこう飛ばしてるのであまり居心地は良くありません。

ちなみにここからGM1のスナップレンズはライトが照らす近距離・広範囲を写すので14mmに変更してあります。

手ブレ補正機構はありませんが、SSを1/250に固定にして連写しているせいか、片手でも意外とブレてないショットが撮れます。

 

次第に家の方角から離れていく川沿いから脱出して東へ進むと、またしても住宅街の道になりました↓

ここは古き良き商店街っぽい雰囲気もありました。ここで18:58。

ここからひたすら東へ進むと名古屋市の北を横断する進路となりまして、道はようやく市街地から離れていくことになります。

愛知県瀬戸市から東へ進むと急速に市街地っぽさが無くなっていき、ついに街灯すら無い道が出現↓

時刻は20:44。まだそれほど夜遅くないんですが、車の通りはほとんどありません。

そこからどう走ったのかイマイチ覚えてないんですが、道はいきなり未舗装林道になりました↓

グーグルマップで走ったと思われるルートを辿ったんですが、この林道がどこなのか不明。

時刻は20:54なので、先程の街灯無し道から10分しか走ってないんですが。今度からGPS付きのカメラでも使おうか…。

未舗装区間は1〜2km以上はあったように思います。

そういえばこの未舗装路で、一度だけ対向車が来たんですが、それがそこそこの大きさのマイクロバスだったので、すれ違いに難儀しました。

双方とも車1台分の幅しかない細い道をけっこうな距離進んでいるのでバックは厳しい。向こうの運転手さんもなんか慌てて身振り手振りしてました。

ぼくも一瞬「ヤッベー!」と焦りましたが、左側の山が若干斜面になっているのを見つけたので無理やり登ってみました。

すると車は斜めになりながらもなんとかすれ違えるスペースが生まれて無事すれ違い成功!

 

ここもいろいろ地名が書いてありますがグーグルマップでは発見できませんでした↓

もしかしたらストリートビューが無いとこかも。一応愛知県の小原村というところらしいです。

土石流危険渓流だなんてなかなかのゾクゾク感です。21:18。

 

これは恐らく県道11号かと↓

ここらへんは街灯も民家もまばらにある地域ですが、これもストリートビューが無いところかもしれません。

大まかな位置は矢作第2ダムの西あたりと思われます。21:32。

 

その一段上流にある矢作ダムのお姿。ここはストリートビューでも確認できました↓

大きな写真はコチラ。カメラはX-T1、レンズはXF16mm。

例によって三脚を使って長時間露光。

空の異様な明るさを見ていただければおわかりかと思いますが、実際は真っ暗なのでダムの姿を肉眼で見ることはできません。21:48。

 

矢作ダムからひたすら東進して、県道46号の茶臼山に差し掛かるあたりになると積雪や凍結路面が現れました↓

それまで快調に走ってましたが、こういうとこは慎重に。22:57。

 

その先の売木村にある「うるぎふるさと館」という名の道の駅にて↓

大きな写真はコチラ。カメラはX-T1、レンズはXF16mm。

これ以降、寒すぎてX-T1による写真は無し(笑)。

向こうの自販機で、あったか〜いミルクティを買ったような記憶あり。23:04。

 

売木村から国道418号へ入って東進、そして天龍村のあたりで県道1号に入るとこのような標識が…↓

通行止めと書いてありましたが、この先は分岐が多いようなので厳密にどこが通行止めなのかがよくわからず。

とりあえず行けなくなったら別の道を行けばいいか、とそのまま進行。23:51。

 

電光掲示板のおっしゃる通り、このくらいの落石は頻繁に発生してまして、その度に大きめの石を踏まないように避けて走行↓

しかしこれ、大雨降ったら大規模崩落が起きそう…まぁ標識にも書いてありましたが、そうなったら通行止めなんでしょうね。

 

すると今度は先程よりも強力な凍結路面が登場!↓

もちろん安全運転で事なきを得ます。

場所はこの辺↓

ナビの時刻は00:41とあります。

赤い線が家の方角で、青い点々がこれまで走ってきた軌跡。いつもは自車を固定して方位をぐるぐるさせてましたが、この辺の林道がウネウネしまくってわけわからんので北方向を固定表示にしました。

ちなみにこの表示はルートを外れている状態のもので、ルート上を走っていると目的地までの距離と到着予想時刻なんかも表示されます。

デフォルトだとルートを外れると即座にルート検索が始まって、なっかなかルートや方向が表示されなくなって(考え中みたいな表示がグルグルする)イライラするので、自動リルートしない設定にしたら超快適。

ルートなんか無くても方向さえわかりゃ十分。

しかしけっこう古い機種なので道路情報が古いまんま。

 

先程の落石通行止めの電光掲示板から1時間近くこんなウネウネした山道を延々と走っていると、次第にガソリン残量が不安になってきます。ナビでこの先の道を見ると…なんか山道が異様に長くね?

即座に街方面へ向かうにしても、けっこうな距離があります。そもそもちゃんとした街灯のありそうな道までが長い!

段々不安が大きくなってきたところにこのような看板が出現。00:59↓

地味な大きさで「熊に注意」と書かれていると「マムシに注意」レベルの出現頻度を彷彿とさせてなかなかに怖い。

しかもさっきからず〜っと街灯無しだもんね〜。人間にとってのアウェー感があります。

分岐が現れる度にしっかりナビを確認して進行方向を間違わないように…とか言いつつ一度間違えてUターンしようとしたら、道幅が車1台分しかなくて何度も切り返しする羽目になって「今熊が出てきたらヤバいな〜、いやそれより白い着物来た人が…」なんて考えて背筋ゾワゾワさせたりしてました。

 

熊看板から数分走ると、ようやく街灯のある道が登場して思わず「おっしゃー!」と声を出してしまいました↓

しかしこの丁字路、どちらへ向かったほうがいいのか。ナビを見るとどちらも開いてるGSがあるとこまではけっこうありそう。

とナビをあれこれ操作していると、目の前を一台の車がゆっくり通り過ぎようとしています。よく見たらパトカーでした。

ぼくは咄嗟に手を振ったりライトをパチパチさせたりして(真夜中なのでクラクションは近隣住民に迷惑だろうと判断)道を訪ねようとしましたが、パトカーはこういう時に限ってそのまま過ぎ去ってしまいました(笑)。

しょうがねーなーと、またナビを見てたらさっきのパトカーが戻ってきたので即座に車から出て手を振ると今度はちゃんと止まってくれました。

2人のお巡りさんに「この諏訪方面と静岡方面、どっちが高速のI.C近いですかね?」と聞くと、どうやら諏訪方面はまたしても険しい山道や積雪があるそうなので静岡方面に決定。ガソリン残量もまだ大丈夫そう。

安心したのと久々に人に出会った親近感から「こんなとこでパトロールしても人いないでしょ?」なんて少々失礼なこと聞いたら「そうなんすよ、あなたが久しぶりの人間ですよ」なんて冗談っぽくおっしゃってました。

失礼なこと聞いちゃったけど、こういう人里離れたとこでも真夜中でもパトロールしてくれているからこその日本の治安の良さなんすよね〜。いつも真面目にお仕事していただきありがとうございます。

それにしてもメッチャいいタイミングで現れてくれたな〜。

 

そこから久々のキレイな快適道路を進んでいくと、真っ暗な山間に規則正しく並ぶ照明が現れました↓

秋葉ダムでした。さすがにもう三脚立てて撮影する気力も体力も無く、華麗にスルー。

一応、昼間にリポビタンDを飲んだので、まだ眠気は襲ってはきてないのですが、とにかく車外が寒くて出る気がしない!

もっと厚着してくりゃよかった。車だからと舐めてましたが、そういや撮影で外出るんだよな〜。

 

次に現れたのはこれまた久々の感があるコンビニ。01:56↓

ホントはPONTAカードが使えるローソンの方がよかったんですが、この時ばかりはワガママ言ってられません。

ここで「特製豚まん」「ブリトーお好みもちチーズ」「7プレミアム ノンスウィートコーヒー」を購入。非常に美味かった…。

腹も満たされて出発すると、なんとすぐ近くにローソンがあるではないか…まぁセブンイレブンも食い物美味かったからいっか。

 

この後、浜松市街から高速に乗って帰るつもりでしたが、ガソリン残量が思いの外まだ平気だったのと、眠気も全然無かったので、しばらくマイナーな一般道を進みました。

しかし、しばらくするとリポビタンD効果も切れたのか、いきなり眠気が襲ってきてマイナー道がどうのこうの言ってられなくなってきたので国道1号に乗って進行(高速は眠気を抱えたままだと危険度高いので乗らず)。

静岡市の手前で3度目の給油。燃費は12.9km/l。今回もなかなかよろしい。

 

そして以前自転車で散歩した静岡駅前に到着。03:59↓

さすがにちゃんとした撮影をする気力は無し。

 

そこから延々と一般道を走り続け、もはや地元感すらある国道246号の愛甲石田駅前に到着↓

なんか可愛らしい落書きが…。

もうここに至るまでの道のりが眠いのなんの。でも車内一人カラオケ大会を開催してなんとか乗り切りました。

夜も明けようとしています。6:41。

 

もう家の近所。空は少しどんより曇ってましたが、明るいというだけで爽やかな気分。06:53↓

すぐ近くにはペリカンケースのパチモンである「プラチナムエッジ(笑)」が売ってるスーパービバホームがあります。

 

そしてついに家のすぐ近くのGSに到着!未舗装林道でついた泥汚れがなんか誇らしい↓

時刻は07:33。

ここで最後の給油をしたところ、なんと燃費14.8km/l達成!

延々と60km/h定速で走る車がずっと前にいたおかげか、街乗りのR246にも関わらず妙に低燃費になりました(笑)。

というわけで一泊もせずに約900kmを走破成功〜!ってなにやってんだか。

 

そうそうお知らせを忘れるとこだった。

三重県立美術館にて、4月9日(日)まで「再発見!ニッポンの立体」展が開催されています。

ニッポンの立体展はこれがラストとなりますので、ご興味を持たれた方はぜひどうぞ。

 

★今回の旅データ★

総走行距離 約915.6km
総所要時間 約28時間
ガソリン代 約8,400円(約65kmほど走った状態からスタートしたので正確な数値は不明)
高速代 3,720円
交通費合計 12,120円
食費 1,966円
総費用 14,086円
平均燃費 13km/l
最高燃費 14.8km/l

2017.01.06 Friday

お絵描き

いつの間にやら2017年になってしまいました。

皆様あけましておめでとうございます。

 

まず近況から。

昨年の9月頃から父が脳梗塞や胆管結石を発症して入院したことまでは過去の記事で書きましたが、その後胆管結石も治り、いざ退院かと思いきや、約2ヶ月の入院によって87歳の高齢である父の身体はもう歩くことも飲食することもできない状態になってしまい(寝たきりで飲食も厳禁だったため、身体の筋力が衰えて嚥下機能も低下した)お医者さんからはリハビリもできないとの判断で、退院・帰宅は困難となりまして、終末期医療が可能な病院へ転院となりました(医療行為が必須なので通常の特養等の施設には入れなかった)。

転院する頃には父の認知機能もかなり低下して、喋ることも少なくなってしまいました。

父の入院当初はまだ意識もハッキリしてたので、またすぐ治って退院できるだろうとぼくは思ってましたが、まさかこんなに急激に衰えるとは思ってもみませんでした。

入院する直前までは自分で歩いてたってのに。

勾配の緩い下り坂を歩くようにゆっくり衰えるというのは、もしかしたらけっこうレアなパターンなんでしょうか。

現在の父は、ぼくのことを認識することもほとんどできず、点滴のみで生きながらえているという、本人にとってはかなり辛い状態となっております(眠り続けているだけならまだ救われる気がしますが、父はちゃんと意識がある)。

ただ認知機能がかなり低下しているので、そういった辛さをどの程度感じているのかわかりませんが、見舞いに行くとケロッとしているというか、まるで赤ん坊のような無垢な表情でぼくの顔をジィ〜ッと見るだけで、声を荒げたり暴れたりすることもなく、とても静かにしています。

 

というわけで、約7年(母の看病期間も入れると約8年)続いた介護生活から、ぼくはいきなり解放されたわけであります。

もう父の注射や投薬、食事のために定時に家事をする必要も、オムツ替えのタイミングを誤って布団をずぶ濡れにしたりすることも、2ヶ月に1回、早朝から夕方近くまで病院で待たされることも無くなったのであります。

深夜に徘徊を心配する必要も無く、長いこと家を空けることもできる。

父の現在の様子を考えるとちょっと可哀想に思いますが、正直肩の荷が下りたという思いでいっぱいです。

これからぼくはぼく自身の人生を100%生きていけるわけで、仕事も遊びもいっぱいこなしていこうと思います。

 

…と、年始早々ヘヴィな話を書いてしまい申し訳ありませんが、まぁ何かの参考になれば幸いです。

さて年始といえば年賀状です。

昨年は前述のように父のこと以外にも、やること&やらなきゃいけないこと満載で、12月25日までに年賀状を書くことはできず、昨日の深夜(つまり今日)にやっと自分用の年賀状を完成させました↓

もちろん今回も「昭和広告風」のパターンです。もう「年賀状には見えない」とかいう懸念は忘却の彼方。

今年は時間がなかったのでじっくり考えることもほどほどに、すぐできそうなネタを考えた結果、自動車の広告になりました。

干支もやっぱりネーミングだけで表現。スズメ自動車工業(株)の「スパロー(スズメの英訳)」です。もちろん全て架空のもの。

今回、車と少女を別々に描いた後、パソコンに取り込んで合成したら大きさが合わなかったので拡縮で調整したところ、車と少女で線の太さが全然違うという事態になりまして、これはちょっと失敗だったと後悔(書き直す時間も気力も無かった)。

なので、後ほどこのブログには見栄え優先で、車だけの絵と少女だけの絵を2枚アップしときます。

ちなみにスパローの車高は1380mmなので、横に寄りかかってる少女は138cmよりちょい低いくらいでしょうか。昔の車は今の車と比べて小さい車両が多いです。

 

スズメ スパロー800↓

ベースはトヨタ パブリカ(初代)のマイナーチェンジ版。

見た目が初代からガラリと変わったモデルですが、マイナーチェンジなので2代目ではなく後期型と言うようです。

この絵はトレースではなく、見ながら描いたので少し車格が小さい感じになってしまいました(幅が狭い?)が、なかなかぼく好みの感じに仕上げることができました。

昨年のエテコーよりもグラデーションをふんだんに使いリアリティアップ(笑)。

車体に付いてる車名のエンブレムは筆記体ですが、筆記体書いたのは中学1年生以来だったので、ちょっといびつな形になってしまったかも。まぁ小さいからわからんだろうと修正もせずにそのまま使用。

上部のロゴはスズキ フロンテ(2代目)の広告のロゴを参考に、その下の文章は同じくフロンテ広告の文章にパブリカ広告の文章の一部を混ぜて使用。

あと、メーカーのマークも作りたかったんですが、時間が無くて断念。

絵を描くこと自体久々でしたが、こんなに真剣に車の絵を描いたのもすごく久々なような気がします(高校生の頃はMADMAXの車両の絵ばかりノートに落書きしてた)。

 

スパローの横にいた少女↓

これまた時間が無くて深く考えずに描きました。

服装はやはり昭和40年代の自転車(富士フラッシャーSSS5)の広告に写ってた少女のサロペットミニスカと白のハイソックスにインスパイア(笑)されて描いたもの(サロペットのつもりで描いたのに、サイドのウエスト部分を高くしちゃって普通のワンピみたいになってしまった)。

広告の少女はもっとカジュアルな感じだったんですが、年賀状ということを意識して少々フォーマルな色味にしました。

髪型はショートボブばかり描いてたような気がしたので、これまた富士フラッシャー広告の少女のおさげをアレンジ。

背景の机は過去に描いた絵からコピってパースを改変したものを使用。

 

一昨年から年賀状はこの「昭和広告風シリーズ」にしたわけですが、これが描いててけっこう楽しい。金にはならんけど。

でも今回はじっくりあれこれ考える時間が無くてあまり楽しめませんでした。

来年の年賀状はもっと早めに…って毎年思ってんだけど、世の中なかなか予定通りにはいかないもんです。

関係者の皆様にはこれから投函いたしますので、遅い年賀状となってしまうことをこの場を借りてお詫びいたします。

さぁ今年からはガッツリ創作に打ち込む…予定!

2016.11.18 Friday

再発見!ニッポンの立体

先日11月13日に「再発見!ニッポンの立体」展の設営チェックをしに静岡県立美術館へ行ってきました。

↑道中の富士山。

以前の記事にも書いてある通り、9月に父の介護から開放されたこともあって、今回は超久しぶりに一泊して翌14日の開会式にも出席することにしました(招待状もいただいてたので)。

以前「美少女の美術史」展の設営時にはバイクの日帰りツーリングがてらに立ち寄った静岡県立美術館ですが、今回は車でカメラのレンズも数本持っていき、空いてる時間にいろいろな場所で撮影するという、公私混同っぷりは相変わらず発揮しております。

 

まぁ行きは約束の時間があるので寄り道せずに国道で直行(高速使わなくても4時間ほどで到着)。

そして早速設営作業中の美術館内へ↓

いや〜相変わらずデカくてキレイな所だ…。

上記写真でのぼくの作品は、手前の「RSH ver1.1」と、その奥の「メイ(オリジナル版)」「メイ ver.1.1(橙)」、さらに奥の壁際のショウケース内に「メイ ver.1.1(緑)」「あかねちゃんとアヒルちゃん」があります。

心配していたRSHのウィッグは、この時のために新造した運搬箱のおかげでほとんど乱れておらず、チョイチョイと整えるだけで終了〜。

奥のショウケースはこんな感じ↓

奥にはガイアノーツさんのオリジナルキャラ「ノーツちゃん」のフィギュアと、その向こうに「美少女の美術史」展で製作されたアニメ「女生徒」の1/35スケールフィギュアがあります(あかねちゃんの頭で隠れちゃった)。

このショウケースの横にはこのような展示があります↓

立体物の元になったイラストです。

この展覧会は、日本の長い歴史の中で作られた立体物(なんと縄文時代のものもある)について、いろいろな角度から考察した展示が各所でそれぞれテーマが考えられており、このイラストもフィギュアと2次元との関連性の面白さを説くための展示に使用されています。

 

RSH ver.1.1の横にあるメイ2種↓

ちょっと見切れちゃってますが、音声ガイドなんてのもあるんすね〜。聞くの忘れてた…。

壁際ショウケース側からRSHの方を見た図↓

これは設営時の状態なので、期間中はRSHやメイのところにもアクリルケースがかぶせられます。

著名な方々の作品に囲まれて光栄でございます。

 

そしてRSH-A3は少し離れた所に展示されています↓

…休憩中の所スイマセ〜…あれ!これも作品だった!(まじで最初ここに入った時、人がいると思った)

この手前の3人組は、マネキン製作会社の方々が1971年に作られた「仲間」というタイトルの作品です。

このマネキン製作会社「グループ七彩」さんは、実はぼくも以前から「カッコイイマネキンだな〜こういうの作りたい」と憧れてRSHの前身であるTSMを作ってみたものの、全然七彩さん作品の足元にも及ばなかったという、ぼくの中で勝手に師匠認定している存在であります。

さすが70年代製作だけあって、ファッションが当時そのものなとこがまたたまりません。

ちなみに左の男性が着てるシャツは米軍の初期型ファティーグ(ベトナム戦争初期の野戦服)でありまして、軍用装備マニアならけっこうな価値を感じる一品でもあります(笑)。

にしてもやっぱ凄いデッサン力だな〜。右の男性なんてホント惚れ惚れするほどのリアルな佇まいを感じます。

ぼくもいつか全身像作ってみたい…。

…あ、RSH-A3はその奥のガラスケース内に鎮座しております↓

こちらもほとんど髪型調整する必要ありませんでした。運搬箱作った過去のオレ様ナイス。

そういえばRSHの2体は照明の明るさや角度を少し調整してもらいました。

一般家庭ではLEDが一般的になって久しいですが、美術館の照明となると、作品に悪影響を及ぼさないようにいろいろ研究されている段階(一部で使われ始めたようです)で、まだ白熱電球が一般的だそうです。

やはりLEDの光って影とのコントラストがクッキリしすぎてるというか、光が鋭いというか、白熱電球とはなんか違うんすよね。

 

そんなわけで、設営チェックはあっさり終了(今回は時間にゆとりが有り余ってるから一通り見て回りました。設営中だからガラス越しじゃないのもあったりして贅沢〜)。

ではホテルを探しますか、と前日に調べといた安いビジホに飛び込みチェックイン↓

今までのように急いで家に帰る必要もなく、明日の開会式は15時からなので、異様にフリーな時間が訪れました。

とりあえず窓からの風景を撮影(黒い縦の影は窓ガラスの金網)↓

そういや翌日はスーパームーンだったなと、一応月を見てみるとけっこうキレイに出てたので、1日早いけど300mmレンズで撮影してみることに。

せっかくこんなクソ重たいレンズ持ってきたんだから使わない手はありません。クシャナ殿下風に言えば「今使わずにいつ使うのだ!」というやつです↓

お〜なかなかよく撮れたんではないでしょうか。ついでに富士山も撮ってみよう↓

ん〜ちょっとコントラスト弱いけどこんなもんなのかな?

 

んじゃ次はやはり飯でしょうとなりまして、こりゃ〜静岡駅周辺をブラつくしかないっしょ、と歩いてぶらり出発。

旅先で乗り物置いて歩いてブラつくなんて、なんかものすごく久しぶりな気がします(ソロなら二十数年ぶりくらいだと思う)。

繁華街の方へ向かっている途中で小さなカメラ屋さんを発見。

外から店の奥をチラッと見るとなんか古いカメラっぽいのがある!ってんで吸い寄せられるように入店。

やはりありましたライカだのニコンだのキヤノンだののフィルムカメラが。

でもさすがにここで何万もの買い物するわけにもいかず(それほど欲しいってものも無かったのも幸い)冷やかしになっちゃって悪いなぁと思いつつさらに奥の方に行ってみると、その内買おうと思ってたFE2に使えるアングルファインダーDR-3があるではないか。程度はよさそうだけど値札が無いので「安かったら買おう」と思って店のおじさん(60代くらい?)に聞いてみると「あれ〜?」と置いてあった棚をガサガサして値札を発見。5,000円でした。

ネットで探せば3,000円代がゴロゴロしているので「う〜んすいません、ネットだと3,000円くらいであるんで」と断ろうとしたらおじさんはすかさず「負けようか?」と不敵な笑みを浮かべ「4,500円なら?」と提案。でもやっぱ高いと思ったので「いや〜スイマセ〜ン」と諦めかけたら「じゃ3,500円!」とグイグイ来るおじさん。

ネットで送料込みで考えりゃ同等か?という値段設定。人の良さそうなおじさんの人柄にも免じて購入〜!

…旅先で何買ってんだか。でもまぁその後じっくり見てみましたが程度は極上だったのでいい買い物でした。

カメラ屋さんを出てから私鉄の駅ビルに入ってブラブラ。

すると中には懐かしの東急ハンズ(フィギュアやる前に働いてたとこ)があって懐かしついでにブラブラしてたら、妙に可愛いヒヨコのぬいぐるみを発見。900円。なぜか買ってしまいました(笑)。旅先で何買ってんだか2。

で、夕食もその駅ビルで食べようかと思ったんですが、御食事処はどこもけっこう混んでて(日曜の夜だし)この後早いとこカメラ持って夜の街撮影しに行きたかったので、駅ビルを出て手っ取り早くケンタッキーとコンビニのサラダとか買い込んでホテルで食す(旅の風情ゼロ)。

 

で、いよいよこの旅のもう一つの目的である街ブラ撮影(いつの間にそんな目的が)を決行…と言いたいところですが、このブログ、写真は300MB以下じゃないと大きく載せられず(有料ならデカくできるらしい)かなり圧縮しないと大きい写真がアップできない。

普段掲載してるフィギュアの写真程度なら画像データの情報量が少ないためか、大きな写真でも少しの圧縮で300MB以下にできるのに、街中や風景写真を同じような大きさでアップしようとして300MB以下まで圧縮すると、かなり圧縮せざるを得なくなり、せっかくの高解像度写真がモロモロの圧縮ノイズで台無しになってしまうので、遊びの範疇である街ブラ等の仕事以外の写真は遊び事ブログ「自己満モータース」に掲載します。

…というわけで「夜の街ブラ・翌日の開会式までの暇つぶし」の写真&記事はコチラ(←ここから自己満モータースへ飛んで、開会式前まで読み進んでからまたこちらに戻ると自然につながるかと…めんどくさくてすいません)。

 

…いや〜楽しかった。と、こちらの記事ではタイムスリップしたような感じになってしまいましたが、美術館に戻ってきました↓

ちょっと予定より1時間ほど早めに着いてしまいましたが、全然問題なし。

さてこれより仕事モードに切り替えて、開会式に出席です。

まぁ出席つっても後ろの方の席にでも座って見てればいいんだろな〜と気楽に考えてたら応接室に案内され、中にはキレイなスーツを着た真面目そうな人たちが何人もいらっしゃる。

そこで急遽名刺交換会が開催され、ぼくは慌てて車に戻って名刺を持ってきて皆様と交換。

するとこの方々は美術館の館長さんを始めに、読売新聞や静岡のTV局や静岡県の偉い方々でして、作家はぼく一人。

しかも設営のことしか考えてなかったから、身なりはスーパーに買い物行く時と同じく、20年以上愛用してる古着パーカーにユニクロストレッチデニム、靴はこれまたボロボロのコンバースというルンペン仕様(笑)。

ワンフェスや人・形展でも「あ〜オレ浮いてんな〜」と思うことは度々ありますが、この時ほど自分が浮いてると感じたことは過去例を見ません。浮きすぎて成層圏まで到達しそうな気がしました。

非常〜に恐縮してカチコチな状態で革張りのソファーに座っていると、あれよあれよと言う間に開会式が始まるお時間に。

会場はエントランスの広い場所で、TV局のカメラはもちろん、大勢のお客さんまでお集まりのようで、緊張度は赤丸急上昇。

まぁ高校の文化祭でモヒカンにしてスラッシュメタルのボーカルやらされた時ほどの緊張ではなかったけども(笑)お客さんとTVカメラの方はマトモに見れませんでした。

 

ぼくを含めた来賓の方々の紹介(TV局の女子アナさんが司会で余計緊張)が終わり、館長さんのご挨拶。

館長さんは、学芸員さんから聞いたところによると、ぼくの父より4つ年下の83歳(だったと思う)というご高齢でしたが、シュッとした細身のスタイルで、見るからに頭が良さそうな、品がある風格を漂わせた方でした。

んで、この館長さんが挨拶トークの中でぼくのフィギュア(あかねちゃんとアヒルちゃん)をべた褒めしてくださいまして、嬉しいやら照れくさいやら恥ずかしい(身なりが)やらで映像的な記憶がもうすでにおぼろげになっております。

どうも館長さんはあかねちゃんを前回の美少女の美術史展で見てから大いにお気に召されたようで「あれは買うとしたらいくらくらいで売ってくれるのかな?」とか「〇〇(歴史的な大御所作家)の彫像より面白い」とか、歯に衣着せぬ発言も飛び出したりして、昭和ヒトケタ世代にしては意外にも柔軟で気さくな人柄であることがよ〜くわかる、非常に面白いご挨拶でした。

その後はぼくをお誘いくださった学芸員さん(この展覧会の企画もこの人)のご挨拶、最後にテープカットとなり、さらに緊張度を高める所に立たされてチョキンなんてやって無事式典は終了。

 

その後は来賓もお客さんもみんなで展覧会を鑑賞、という感じでワラワラと館内は賑やかになります↓

そこでも何人かのお客さんからいろいろ質問されたり絶賛されたりして、ワンフェスのお客さんとの会話のような楽しさがありました(皆様本当にありがとうございます)。

もちろん館長さんも見回っておられたのでちょいちょいお話しましたが、しきりにぼくの作品群を褒めてくださいました。

しかも館長さんはRSH ver.1.1を見て「クラスで4〜5番目くらいの可愛い子だね」みたいなことをおっしゃってて「うわ、この人ホントわかってる!」と驚いた記憶があります。

世代を超えてこういう感覚が伝わるのは本当に楽しいし嬉しい。

褒められて伸びるタイプのぼくとしては、この日だけで1年分は伸びたんじゃないかと思うくらいでした。

それからしばらくして、お客さんも全員帰った後、先のご挨拶をしてた学芸員さんが館内の他の展示も全部案内してくださいました。

閉館時間まで貸し切りみたいになった館内を見回るなんて至極贅沢!こんな美大も出てないような変態野郎には身に余る光栄でございました。

その道中、売店のおばちゃんから「館長さんがあかねちゃん欲しがってましたよ」みたいなこと言われまして、どうやら事ある毎に欲しい欲しい言いまわってらしたようで「そんなに欲しかったんだ…」と思わず笑ってしまいました。

こりゃあかねちゃん新たに複製するしかないな(笑)。

 

美術館を出るともうあたりは日が暮れてまして、学芸員さんに別れを告げて車に乗り込み帰路につきます。

帰り道は交通量の少ない山道つないで、夜間撮影しながらノンビリ帰ろうかと思ってましたが、ずっと雨が降ってる状態だったので数枚しか撮りませんでした。

※例によってその写真は自己満モータースにて掲載してありますんで、ここからまた「自己満モータース」へ飛んで読むといい感じにつながるかと(笑)。

 

こちらの記事はこれにておしま…いや、お知らせ忘れてた。

もう過ぎちゃいましたが11月15日から、来年2017年1月9日まで、静岡県立美術館にて「再発見!ニッポンの立体」展が開催されております。

気さくで明るい館長さんもこの美術館の見どころかもしれません(笑)。

2016.10.11 Tuesday

スタジオ撮影

ちょっと遅くなりましたが、丸善丸の内本店ギャラリーにて開催された「人・形 展」は無事終了いたしました。

ご来場、お買上げの皆様には熱く御礼申し上げます。

 

ちなみにぼくのRSHシリーズ2体は残念ながら今回は売れ残ってしまいましたので、メールを頂ければ送料無料で販売したいと思います。

※2017年5月追記:RSH-A3はアルテトキオさんの商品原型となりますので販売できなくなりました。誠に申し訳ありません。

 

RSH ver.1.1↓

RSH ver.1.1の詳細ページはこちら

 

RSH-A3↓

RSH-A3の詳細ページはこちら

 

お値段は両方共に220,000円という高額商品となりますが、銀行振り込みの一括払いのみとなりまして、代引きや分割・カード払いはできません(スミマセン…)。

お買上げ(振込)後のキャンセルも不可となりますので衝動買いにはご注意ください(笑)。

ていうか早く1/6キットの新作作らんといかんな…。

 

さて、話題は変わりまして夏真っ盛りの8月に、いつもお世話になっているアルテトキオさんの商品撮影のお仕事に行ってきました。個人的に今回のヘッドやウィッグはかなり好印象でした。↓

そもそもなんで原型師のぼくが撮影してるのかというと、初めて原型のお仕事をいただいた時に、その商品撮影も「ついでにやってみませんか?」みたいな感じにオファーいただいたのが始まりだったのですが、それ以降ぼくが手がけていないもの(他の人が作ったもの)も時々撮影するようになりました。

仕事の内容としては衣装購入時のチョイスから始まり、撮影当日はその衣装の組み合わせ、ウィッグのセット、ポージングをして撮影でその日は終了。

翌日以降にRAW現像、データ転送といった感じで、撮影当日は朝から日が暮れるまで行動するのでけっこう体力消耗して「あ〜仕事したな〜」と実感できる日になります(笑)。

 

※ここからいきなり趣味の領域でもあるカメラ話も混ざってくるので若干専門的な用語や話題も飛び出しますがご了承ください(笑)。

 

思い返せば最初にこの撮影のお仕事をいただいた時はSONYのRX100という、いわゆる高級コンデジブームの火付け役となったカメラで撮影したのですが、この頃はまだ全然カメラの操作方法も撮影の知識もノウハウも乏しくて、今にして思えば残念な写真しか撮れませんでした(しかもRAWで撮り忘れるという体たらく。正直撮り直したい…)↓

このスタジオは屋外光が一切入らない所だったので照明に頼るしかなかったのも残念ポイントでした。

 

その次にオファーをいただいた時はちゃんとRAWで撮影・現像したので初回よりはマシな写真が撮れました↓

ドールのポージングの取らせ方もいろいろ試して勉強。

でも背景ボケとか照明とかはあまり意識せず、ポージングとアングルをあーだこーだとやってました(そもそもRX100じゃ背景ボケが〜とか言うほどボケないんすけどね)。

屋外光が入るスタジオだったことは今にして思えば非常に助けになっていたと思います。

 

そしてその次の回ではレンズ交換式のパナソニックGM-1という、センサーサイズがRX100よりもちょっと大きいマイクロフォーサーズ規格(m4/3)のカメラで挑みました。

レンズはオリンパスの単焦点25mm/f1.8(35mmフルサイズ換算で50mm相当の画角。要するに標準域のレンズ)1本のみだったのですが、途中から絞り優先の開放で撮ることを覚えて(笑)RX100よりも背景ボケが出るようになり、帰宅後のRAW現像でもホワイトバランス(WB)をこだわった結果そこそこいい雰囲気の写真も撮れました↓

ただ、このGM-1はフリッカーが出やすいのか、スタジオの照明がインバーター無しだったせいか、照明を使うとモロにフリッカーが出てしまい、当時はこれを抑えることができず(シャッタースピード1/50あたりで固定すれば消えたと思われる)窓からの屋外光のみで撮影した写真以外は悲惨なものでした。

 

その次の回もGM-1だったのですが、フリッカーを嫌ってその日は全て屋外光のみで撮影しました↓

 

おかげで雰囲気のいい写真が撮れましたが、夕方近くになるとかなり暗くなってしまい、かなり強引なスローシャッターを多用してしのぎ、それでも足りない光量はRAW現像で補正するという方法をとりました。

あとこの頃はまだ目線変更のやり方がイマイチわかってなかったので、表情の演出が乏しかったように思います。

 

んでその次の回で現用機であるフジフイルムのX-T1になりました。

ちなみにスペック的なことを書いときますと、X-T1のセンサーサイズはGM-1のm4/3規格よりも大きく、35mmフルサイズセンサーより少し小さいAPS-C規格(フジ独自の素子配列の「X-Trans CMOS2センサー」を採用)なので、m4/3機よりも背景ボケがより強く出せる上に高解像度なのはもちろん、画像処理エンジンのおかげなのかノイズ耐性も高く、色再現性や発色も非常に優れた特性になってます。

GM-1では同一光源でもWBや露出がバラつきやすい上にノイズも出やすかったので、RAW現像時の補正でいろいろなパラメータをいじる必要がありましたが、X-T1だと少しハイライトを抑えるくらいで他は何もいじらずに済む、なんてことがほとんどでした。

レンズもそれまで標準域1本でしたが、ここから広角(XF16mm/f1.4=35mm換算で24mm相当)と標準(XF35mm/f1.4=35mm換算で52mm相当)の2種を使用。

照明はやはりそれまでの写真の雰囲気が気に入ってたので、この日も屋外光のみで撮りました(たしか補助的に照明を使った写真もありましたが、やはり屋外光のみの方がいい感じでした)↓

しかしこの回ではまだ広角・標準レンズの特性を活かし切れなくて、全体的に凡庸なアングル・レイアウトの写真が多かったように思います(上記写真は35mm)。

ポージングも目線も多彩には動かしていませんでした。

ちなみにこの回からマニュアルフォーカスで撮るのが定番になりました。

 

その次の回は100cmのミニチュアサイズだったので衣装が無く、これまでと違うノリにしようとスタジオも毛色の違う所に変えて撮ったわけですが、この日は屋外光ではなく、スタジオの特殊な照明を使用した写真が思いの外いい感じに撮れました(LEDが床や壁面にたくさん埋め込まれてました)。

ボディも小さかったので動かしやすく、いろんなポージングで撮りました。

ちなみにその写真はアルテさんのサイトでまだ掲載されていないので、残念ながらここでは掲載できません。

 

そして今回の撮影となったわけですが、今回はこれまでのような窓からの屋外光の他に、天井の照明も使用してみたのですが、その過程で偶然いい感じの明かりを発見しまして、我ながらちょっと感動してしまいました。

まずはいつも通りの屋外光↓

上記写真は35mm(標準域)レンズで撮影。

ちなみにこの日は広角・標準に加えて中望遠域のレンズ(58mm=フルサイズ換算87mm相当)も使用しました。

以下の写真は似たようなアングルから3種のレンズで撮影したもの↓

左から広角(16mm)、標準(35mm)、中望遠(58mm)となります。全て絞り開放。

ちなみに58mmのレンズはフォクトレンダー(コシナ)ノクトン58mm/f1.4 SL2 Nというやつで、1960年代のトプコール58mm/f1.4をベースに、コシナがニコンFマウント用に再設計したレンズです。

「クラシックレンズの味わいと現代的な性能の両立」と謳われているように、絞り開放ではかなりソフトフォーカス的な柔らかい描写になっており、独特な雰囲気を醸し出しますが、少し絞るだけでかなりクッキリとした描写になります。

コーティングは完全に現代の技術なので、ゴーストやフレアはかなり抑えられていますが、元々がフィルムカメラ用の設計なためか、デジカメでは少々色収差が出る場合もあります。

しかしこのノクトン58mmはフィルムカメラ(Nikon FE2)はもちろんのこと、デジカメ(X-T1)でもカッコイイ写真が撮れる率(笑)が高いので、現在ぼくのお気に入り筆頭レンズとなっております。

他の2本は完全に現代のレンズ(XF16mm/f1.4とXF35mm/f1.4)なので、ノクトンと比較すると絞り開放なのにかなりクッキリした描写になってるのがわかります。とはいえ、XFレンズも絞ればさらにクッキリ度がアップしていくという、解像性能の良いレンズです。

発色も他社のレンズやオールドレンズと比べて鮮やかな印象になるようです(晴天の青空や屋外の緑を撮り比べるとわかりやすい)。

 

…少々脱線してレンズの話になってしまったので軌道修正。

次に場所を変えて天井の照明を使用してみました↓

背景の雰囲気に合わせて衣装もウィッグもチェンジ。

今までの屋外の青白い光よりもかなり黄色い白熱灯の色味になってます。

ところがこの写真をよく見てみると、顔の辺りの色味が少し違うのがわかります。ソファーにも青い光が反射しています。

この光を消そうとしたんですが窓にはカーテン等の遮蔽できるものが無く、どうしたものかとしばし一考。

RAW現像時に部分補正すればこういった箇所はある程度均質化できるのですが、そういう写真はなんか嘘くさくなってしまうように思えて(補正も面倒くさいし)ぼくとしてはできるだけ撮影時のままの雰囲気をそのまま写したい派(多少の演出や強調はあり)なので、とりあえずこの状態で何枚かアングルを変えて撮影した後、試しに照明を全て消してみました↓

おぉ!なんかカッコ良くなった〜!

さらにここの室内照明は無段階に明るさを変えられるタイプだったので、ほんの少しだけ照明を足してみました↓

…ん〜悪くはないけどさっきの方がいいな。

という感じに、このスタジオでは照明でかなり楽しめました。

あと、今回やっと目線移動のやり方(眼球を押しながら動かすってだけの話だった)がわかって微調整もできるようになったのでポージングの幅も広がったように思います。

衣装のチョイスもスタジオ決める前だったので適当に見繕ったのですが、屋外光の白基調の所と白熱灯のダークな所の2箇所に偶然マッチして嬉しかったです。

 

他の写真はアルテトキオさんのサイトにて閲覧できます(撮影した全部じゃないけどけっこうな枚数あります。ヌードもあり)。

ちなみに一番最初にRX100で撮った写真はギャラリー内「奈々」のType B。

2回目のRX100による撮影は「奈々」のType Aと「ミン」のType Cになります。

3回目のGM-1による撮影は「ミン」のType Aと「ニーナエルフ」のType A。

4回目のGM-1による撮影は「」のType CとType D(フリッカーだらけのやつ)と「真希」のType B。

5回目のX-T1による撮影は「芽衣」のType Aと「アニメヘッド」のType A。

6回目のX-T1による撮影はまだ未掲載。

で今回7回目のX-T1による撮影は「七海」のType AとType B。

その他の写真は他の人が撮影したものです(恐らく中国で撮影されたものがほとんどだと思われます)。

 

最初の頃は手探り状態だったのでヘトヘトに疲れて終わってましたが、カメラ趣味も加わったせいかスタジオ撮影も最近ようやく楽しめるようになってきました(笑)。

いつか完全な屋外でも撮影してみたいなぁなんて思いました。

…といううわけでカメラ趣味の話でした。いや、仕事の話だったか。

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